佐々木龍−平成8年12月議会一般質問全文
今回は3つの考え方を基本に質問を行います。一つは何事も隠さないという公開主義。2つめは現場主義、生活や実際の体験の中で感じたこと、直接当事者のみなさまと話し合った事を大事にしたいと言う事。3つめは普遍主義つまり、「すべての事にあてはまる事、通じる事」という事です。今日、申し上げる一つ一つの問題は、あるいは細かい問題だと感じられるかもしれません。しかし、これらが行政と市長の政治姿勢を具体的に映し出している鏡だと思っています。具体的な事を通じて、市民のための市政を考えていただきたいとの思いから以下質問を行います。
1障害者福祉問題について
ボランティア活動を通じて、障害を持つ方とお付き合いしている人たちに共通している事は、まず理屈ありではないと言うことです。外に出る機会の少ない車椅子の人がいればなんとかその手助けをしてあげたい、耳が聞こえず苦労している人がいれば、手話を学んで役立てたい、目が不自由でいろんな情報から阻害されている人のために、点訳を行いたい、精神障害で苦しんでいる人がいれば、その気持ちを理解し、話し相手になってあげたい、そういう気持ちからです。そして、活動の中でお互いに「助けたり助けられたり、教えたり教えられたりする」本当の意味で「このまちの中でともに生きるなかま」意識が芽生えてきます。しかし、それだけに自分たちだけでは出来ない事に気づき、政治や行政に対してもっとこうして欲しいという思いがつのってきます。それらの事について、以下お伺い致します。
まず、手話通訳者の派遣事業についてうかがいます。病院の診察やこどもの保育園学校行事の参加で大変苦労するために、それらに付き添う手話通訳者の派遣制度を聴覚障害者の立場に立ってつくって頂けないかという事と、またそういう通訳者の養成事業、病院職員対象の手話講座などへの講師派遣事業などについての取り組みについてお伺いします。また、現在、聴覚障害の方の子どもが保育園に通っていますが、家庭にはFAXがありながら、園にはないために園も父兄も様々な不自由と不安を感じています。新たに保育園に入園する聴覚障害のご家庭もあります。FAX設置を考えていただけないでしょうか。
次に、視覚障害者の方への点字による情報提供についてです。これは昨年より、個別の課で対応していただき、防災の手引き、ゴミの出し方などの点訳化がなされ、大変喜ばれています。以前にお聞きしたときは、「すべての公文書の点訳化は無理だと」おっしゃいました。そこまで望んでいません。しかし、全市民を対象にして配布するもの、福祉や生命安全に関するものなどは、点訳化して欲しいとの気持ちです。いかがでしょうか。
次ぎに人にやさしいまちづくりについて伺います。
最近市内に開店した大型スーパーや大型電気店などを拝見すると、スロープ、車椅子トイレ、身障者用駐車場などが設置されており、大変喜ばれています。特定建築物に関する整備の法律の制定や、県の福祉のまちづくり条例もあります、そういう中での意識の高まりを感じる事ができます。さらに、来年4月からは、それらの法律条例の監督、指導の権限が市に移譲されてくると聞いています。市としてもこれを機会に一層の、「ひとにやさしいまちづくり」を目指し、これまで以上の取り組みを望むものです。いかがでしょうか。
それともう一点、自治会館について伺います。決算特別委員会の視察で自治会館を拝見しましたが、とても立派に完成されています。しかし、惜しい事に入口のスロープ、室内の手すりなどに、今一つ配慮に欠けるものがあります。自治会館は地域住民の方の多額の寄付金をがあって建設されるものであり、面積や費用の制約もあり、すべてが可能かどうかは分かりません。しかし、他市ではコミュニィティ施設で高齢者のミニディサービス事業などを行おうとしている所もあります。現状での高齢弱者や障害を持つ方へ配慮し、将来を見越して、地域の方に説明と理解も求めるなど、行政としてもできるだけの努力していただきたいのですが、いかがでしょう。お伺い致します。
最後に、以前から申し上げていた社協に委託している3台の車椅子用リフト付マイクロバスの貸出制度はどうしてもつくれないものでしょうか?国、県から補助金をもらっている制度上ダメなのでしょうか、それとも新居浜市の福祉行政の方針としてダメなのでしょうか、お聞きします。
精神障害者問題、
今年から以前のなかよし作業所が、移転先がみつかり名前も花工房と変えて活動を続けています。今後は家族会によるグループホームの開設や、生活支援センターの出張所の開設に、メンバーの方、ご家族、医師、ボランティアグループなどが協力して取り組もうとしています。6日には出雲市で作業所を運営されている矢田さんのお話を新居浜で聞くことが出来ました。民間有志で始まった作業所から、平成8年には市有地の無償貸与で移転し、市と連携しながら活発な活動を続けておられるお話を聞く事が出来ました。本市も、移転したからもういいだろうではなくて、息の長い具体的な支援策を望みますがいかがでしょうか。おうかがいします。
2.公金の郵便局収納について
この問題も何度か取り上げました。これにより市民にとって便利に、また振り替えが進むことによる行政の簡素化につながるものと思っています。郵便局で公金収納が可能な根拠については、地方自治法施行令が昭和63年4月に改正され、ことで明らかになっています。また各地でも広がり、平成8年10月末現在、愛媛の市町村では51.4%が実施、全国平均では市部だけでも58.8%が導入しています。内容は様々のようですが、これらの分析も含めて改めて、お考えをお聞かせ下さい。
3.学校教育の諸問題について
(1)教員の資質
今年の9月の末にこういう相談を受けました。それはある小学校の3年生のクラスで「実質的な授業がされていない、授業中に居眠りをする、こどもの名前を2学期になっても覚えていない」そんな先生がいるというものでした。9月の末というのは、1学期からどうも子どもの態度がおかしいと感じていたけれど、その時は「まさか先生の方に問題がある」とは思わず、そのままになっていたのが、どの家庭でも同じような状況に気づき父兄が集まり、事態が明らかになったものです。学校現場や教育委員会でも一応の対応はしていただいているようです。しかし、それはあくまで緊急避難的な対応であり、不充分なものではないでしょうか。そして、冒頭に普遍的と申し上げましたが、このような事はこの学校だけの問題なのか、そのような事が分かった時、学校現場と市教委、県教委の連携はどうなっているのか、一個人の先生の問題とだけは思えない、黙っておいてよくなるんだったら黙っています。しかし、そうは思えないのであえてこの場でおうかがい致します。
(2)障害児の統合教育
新居浜市の教育では障害児教育という言葉はあるいはないのかもしれません。
その言葉を言うのも聞くのもイヤになるような「特殊教育」だけがあるのかもしれません。義務教育の中の統合教育で、保護者は日々親元から学校へ送り出せる事に幸せを感じ、こども自身にとっても親子の絆を深め、幼いときから地域の人と知り合い、それが一生のつき合いとなる事もあります。また他の児童生徒にとっても、知らず知らずうちに思いやりが身に付き、福祉教育の面でもはかりしれない良さがあると確信しています。今まで新居浜市が障害児を受け入れてたという事は認めています。また、学校現場においても、限られた人員の中献身的に愛情をもって教育に取り組んで頂いている教職員の方がいらっしゃることには頭がさがる思いもしています。しかし、それだけに「もしその先生が倒れられたらどうしよう」「もう一人先生がいてくれたら」と思う保護者の気持ちも、無理からぬ、本当の叫びではないかと思っています。ある学校の授業を見学させてもらいましたが、それぞれ年も障害の程度も違う6名の学級に先生一人という状態であり、何とかならないものかと歯がゆい思いを致しました。そこでお聞きしますが、今日までのあゆみをどう評価され、現状をどう認識されているでしょうか。現在の対象となる児童生徒数を、その状態別にお示し下さい。また市の指導教員の増員や、肢体不自由のこどもに対する施設改善が望まれますがいかがでしょうか、また将来的な肢体不自由児学級の可能性はどうか、さらに小学校入学時に後1年の就学免除が受けられれば、3月に未熟児早産で生まれ、発育の後れのある子どもも、一年遅れなら普通学級へ通わせることが出来るのに、いう専門家の声も聞きます。以上これらの事についてお伺いします。
(3)教育情報ネットワーク
通産省と、文部省が共同で行った全国で100の学校を選びインターネットを中心とする教育と情報ネットワークの実験的な試みであるいわゆる「100校プロジェクト」、これには新居浜工業が参加しましたが、これも来年3月をもって終了となります。これからは、自治体がどうこれに取り組むかとだと言われています。具体的に提案したいのは新居浜高専を核にした教育情報ネットワークの整備について取り組まれてはいかがかと言う事です。新居浜高専の校内の整備がすすみ、文部省管轄の学術情報ネット(通称SINET)を介してインターネットで世界とつながっています。また、レベルも高く校長先生始め熱心な先生方もいらっしゃいます。一方各小中学校にはパソコン設置されています。こどもたちの新しい可能性を引き出し、また学校間のネットワークにも利用できる事に取り組まれてはいかがでしょうか。新居浜高専との共同で研究実践できないモノなのか、考えをお聞きします。
2.同和問題について
江戸時代に士農工商の身分制度がつくられ、さらにそれによる不満をそらすため、「上をみて暮らすな下見てくらせ」という当時のお触書に意図があらわされているように、さらに低い身分制度が政治的意図的につくられました。明治4年に解放令が出されたものの、壬申戸籍という新しい差別が残り、その後、大正年間に解放運動が高まり、大正11年全国水平社が創立されました。その後新憲法によって基本的人権の尊重が明記されましたが、具体的政策としては、「差別解消を国民的課題とした」昭和40年の同和対策審議会答申に始まり、昭和44年以来、同和対策事業特別措置法、地域改善対策特別措置法、地対財特法などの制定、延長、改正を行ってきました。その法律も来年3月末で期限切れであります。今後においては、現在政府において「人権擁護施策推進法」がまとまり、今臨時国会に提出されるようです。このように今年度は同和行政にとって大きな節目の年であり、また新居浜市における支部問題にも動きがあり、この取り組みいかんが、今後の市の同和行政に大きく影響を与えるものと考え、以下質問を行います。まず、市長は昭和44年の特別措置法以来の本市の同和行政のあゆみをどう振り返られますか、環境整備の面からの実績その評価、市民意識の変化、同和教育の学校、社会教育それぞれの面での成果はいかがでしょうか。また、市民の間では「同和地区だけがよくなって」という声がいまだにささやかれている事があるようです。これは、同和教育が不十分だという事であり、これらの事業の意味、性格を知らせる努力が足らなかったものだと思います。これらの事業をただ、補助率が高いから、誰かに言われたから、そんな事で進めてきたような経緯はないでしょうか。市長はこれらの声が聞こえた時はどうお答えになりますか、お聞きします。同和対策事業をめぐっては、本市でも大島のひらめ養殖場、公共下水道事業の業者選定などで疑惑がもたれた事もあり、同和対策事業が一部の人たちにとっての利権事業になっているのではないかという指摘さえあります。また来年度に地対財特法は期限切れになりますが、予算を伴う法律は通常国会に提出される予定とも報道されています、本市の場合これらに該当する事業はあるのでしょうか、お伺いします。
住宅新築資金貸付事業についても伺います。これは借りたものは返すそれは当たり前の事です。しかし、現年度分と、滞納繰越金の単年度合計で、収納率45.7%などの数字だけが一人歩きしては、半数以上の人が払っていないかのような印象を受けてしまいます。今後の収納対策も含め実態はどうなのか、お聞きします。
次ぎに支部問題についておうかがい致します。この問題は平成2年における当時の支部役員2人の除名問題から申し上げた方がわかりやすいと思います。これについては、地位確認を訴えた訴訟が起こされ、本年2月16日松山地裁において、判決が下されました。その要旨は、「県同対協亀岡会長代行が原告の原金太郎、土園みとせの二人を、自分の意のままにならないと邪推し、排除しようと考えた、この除名理由の大部分が事実無根であり、処分は当時の同会長伊賀貞雪知事の了解なく決定されるなど手続き上も無効であるとし、さらに原告が除名により部落解放運動参画の機会も事実上奪われるなど、「私的任意団体内部の紛争にとどまらない」というものです。その後平成3年6月30日、愛媛県同体協から支部組織解散廃止の通達がなされ、その後いずれも同対協新居浜支部を名乗る、2つの支部が結成され、市の補助金も凍結されるなど、新居浜市の同和行政はマヒ状態となりました。先の松山地裁判決によると、この除名により「言われなき差別からの解放という原告らの基本的人権にかかわる部落解放運動に5年間以上も停滞を余儀なくされ」とあります。まさに、このとおりの運動が停滞され、また事情を知らない他の市民からは誤解を受けてきたものであります。同和教育への影響はなかったのか、平成3年6月以後行政としてこの問題解決にどう取り組んできたのか、その総括をお願いします。
先の市民から誤解を受けというのは、「補助金の取り合い」「個人的争い」のように受け取られる誤解であります。これは一方的な支部解散通達を拒否し、支部あげて、二人の除名問題に異議を唱え、支部存続を決議して組織を維持してきた以上、自ら他の団体を名乗ったり、除名を認めるかのような動きは当然、する必要もない事であったと思います。そのような経過を経て、本年6月14日に確約書が交わされる前の5月20日には、支部解散当時の役員であった者は、新役員に選出しない事を一本化の条件にして申し入れています。これは、平成3年8月31日の部落総会の決議に中に「前支部三役の勇退こそが一つにするための道」とあり、また判決前にだされた裁判長からの和解勧告案にも、「双方の役員は退陣し一会員として活動するように」とあったりします、そういう経過を見ても、昨日から答弁にある「多少の問題を抱えながらという」「多少の問題ではなく」一本化への根本条件ではなかったのですか、それ行政も感じられていた事でしょうか。そういう意味でも、その後の明らかにされた新支部役員をみて「だまされた」と思ったのは当然の事であります。信頼なくして政治はありません。この疑問に答える責任が市長にはあると思いますが、いかがでしょうか。また、役員問題の他にも、「市外出張者については、協議会で決定する」とあるのが、守られていないと聞いています。本当でしょうか。支部長任期問題についても同様です。見解の相違というような言い方でなく、今も支部長であるという見解の根拠をお示し下さい。また、11月29日から3泊4日で行かれた長崎への研修に対しても、希望者として提出された土園みとせ、原金太郎さんのお2人については、なぜ研修へ行くのが望ましくないという判断をしたのでしょうか?そして、旧高橋支部関係者だけでいく長崎行きは、これ以上の混乱を防ぐためにも、取りやめるべきだとの意見もあったはずです、強行した理由をお聞かせ下さい。私は現在の状況は一本化前と同じ、いやそれ以上悪くなっていると思います。地区の90%を占める人で組織される支部では自分たちの要望が無視される状況では、完全一本化への期待も裏切られたと受け取り、確認書の白紙撤回を求め、市長任期切れに伴い、新支部長の選任を行っています。これらの事態にどう対応されますか。さらに、具体的にはこの間、市内電話BOXで差別落書きが見つかりました、この事に対しても解放団体の長として、また行政としてどう取り組んだかもお聞きします。
このように、実態として一本化とはほど遠い現状においても、本年度の新居浜支部予算の執行は続けますか。平成5年6年には自分たちで会費を集めそれらを元に支部運営をされています。補助金のありかたに疑問を持つ地域の方々もいらっしゃいます。それらの事も考えて、なし崩し的な執行をやめ、根本的に同和行政のあり方を考え直すためにも予算執行の凍結を求めますがいかがでしょうか。お伺い致します。
再質問
研修派遣については、7月3日から12月2日まで延べ46人、費用も約260万円程が旧高橋支部関係者だけによって使われています。これで民主的な運営と言えるのでしょうか。確約書どおりの手続きをとっているのでしょうか。
土園、原金太郎さん、両氏については、新居浜支部の構成員として認めていらっしゃいますか。
認めていながら長崎行きを拒否したのはどういう理由からでしょうか。
仮に、県同対協が除名している人をその支部としても支部会員として認める訳にはいかないから支部予算で研修にはいけないと言うなら理屈は分かります。
しかし、支部の一員としては認める、しかし研修はダメでは筋がとおらないのではないですか、係争中といいながらその係争の事件の除名問題ははっきり県同対協と違う立場を新居浜支部はとっているのです。それでもなお行かせられない、行かすなという声おおさえられないというのは、差別ではないですか。
6月の時点で市長はご自分の再任を前提として受けられたのですか、また確約書に署名した保健福祉部長もそのおつもりだったのですか。これは行政の継続性という重大な問題ですのでお聞きしますが、仮に市長が変わっていればその新市長は支部長を引き継ぐ義務があったのですか。そんな約束まで6月の時点でする権利が市長にはあったのですか。
今回の問題も、2人の除名や、支部の分裂という現象だけをみたのでは、事の本質を見誤るのではないでしょうか。松山地裁判決は、除名によって二人の「言われなき差別からの解放という基本的人権にかかわる部落解放運動に5年間以上も停滞を余儀なくされた」とあります。支部解散命令についても同様に、多くの地域住民支部構成員に対して、運動参加への道を閉ざした人権侵害という事が言えると思います。平成3年以来、分裂以来市行政が何もしなかった事もこれらを放置していたと言うことになりますが、もし、仮に今後の裁判で松山地裁の判断と同様の判決が確定された時は、一体どうなるのでしょうか。二人を支部構成員として認めないならば、この悪質な人権侵犯事件の共犯者という事になるのではないですか。また、行政が愛媛方式を否定し、他の団体も解放団体として育成する、認めるというなら話は別でありますが、そうでないならば、このまま多くの90%にのぼる地域住民がそっぽを向いた同和行政を続け、部落解放運動に参加させないのは、重大な人権侵害ではないでしょうか。