市長講演
皆様こんにちは。
今日はたくさんの皆様にお集まりをいただきまして、このような話を聞いていただける時間をおとりいただき本当にありがとうございます。心からお礼を申し上げます。前の方空いているようですので、後ろにお立ちの方、どうぞお座り下さい。
さて、今日は先ほどのご挨拶をいただきましたように、平成12年の11月12日の市長選挙で市長に就任をさせていただきまして、今年で4年目、任期の最後の年を迎えております。それを振り返って通信簿をつけていただくということで、大変どきどきしております。初めて通信簿をもらう小学生のような気持ちです。ただ通信簿と同じような形にしているので、裏に健康の記録というのも載せていただいております。身長は正しいのですけど体重は数字を抜いております。政治家は嘘をついてはいけないんですけど健康だけは少し許されるということで、標準体重では64kgが望ましいのですが、当然、それはオーバーをしておりますので、そこだけ正直に書いていません。
医師の所見も、「日常生活の中でもう少し運動をしましょう」というようなことでありました。しかし総合的には、健康な身体で務めさせていただいております。また、出欠の状況というので、年間で公務がなかった日というのを出したいということで、改めて数字で出させていただきました。大変だとは良くおっしゃっていただけるのですけど、自分の一つのリズムとして生活のリズムになっておりますので、疲れたなと思ったら早く寝たりしながら、心と健康のバランスをとりながら勤めさせていただいております。
このように評価を今日はしていただくわけですが、私たち市役所も事業を進めていく上で、市で決め、勿論議会で決定をして事業を進めていきます。それがどれくらい進んでいるか、本当に目的が達成されているか、そういうことをいつも評価をしようということで、今、行政評価システムというのを動かしております。市の職員が評価をし、そして市民の代表の皆さんにも評価をしていただいて、もう止めた方がいいのじゃないかということは止めていったり、事業を見直したりしていくという、常に計画を立てて実行して評価をして、また見直していくというこのことを一つのサイクルとして続けながら、より良い市政運営をしていきたいと、取り組んでおります。また、評価をしていただくためには、実際にどうだったかという情報を提供するという必要がございます。このうぐいす色の紙は、私が自分自身で自己評価をしたものです。公約というのは、狭い意味では選挙公報に出したものが一番公約の中心になりますけど、それ以外でも、演説会とかで申し上げたことと、あるいは、政策のビラに記入したこと、こういうことを、ちょうど34項目ございましたので、それを拾い出しまして、それが今どうなっているか、実際にできたものは二重丸、今進んでいるものは○と、計画中は△、未実施、できてないものは×としております。特にこの中で、×のところが3つあるので、少し説明と言い訳をしておきます。“市民一人、一メールアドレス”というのを掲げておりました。これはコンピューター、インターネット、あるいは、携帯電話が普及する中で、そういう時代が来るだろうということで、そういうメールを使って市民の皆さんといろんなコミュニケーションをとったり、情報提供をしていきたいという気持ちでございました。このこと自体は、今、NPOの皆さんとか、役所の取り組みで進んでいっているのですけど、一市民、一メールアドレスの取得ということはできていないので、×としております。2点目は、27番にある、クリーンエネルギーとして、風力太陽光発電の研究開発支援ということがありました。これも、クリーンエネルギーとして、風力発電が必要になってくる、その私の見方は間違ってなかったし、今各地で進んでいるんですけど、新居浜で調べましたら、風力発電、大きな風車を回すやつですけど、風が必要でして、市内の平均風速が毎秒2.5m風力発電に必要なのが毎秒6.5m、自然条件上、今の新居浜の中では難しかったということで、具体的に進んでおりません。そういうことで×にしております。
3つ目の×というのが、市長への退職金制度を廃止するという項目でございます。これにつきましては新聞とかテレビで大きく報道され、選挙の前にも私の公約としてお話をしてきましたから、皆さんも良くその経過とか、意味についてはご承知をいただいていると思っております。もう一度振り返りますと、市長はじめ特別職という人たちに4年毎に退職金が支払われておりまして、そのことを私は見直したい、廃止したいと思って選挙の立候補を決意した後、いろんなところでお話を致しました。そうしますと、非常に皆さん方から反応が高く、関心を寄せられた項目になりました。その理由の一つは、こういう退職金が支払われていたということ自体知らなかったという、多くの市民の皆さまの驚きが一つあります。二つ目は、それがあるという前提にしても、4年で2250万円は多いんじゃないか、中小企業で働く方、あるいは退職金自体が無いような所もあります。そういうところに比べて多いという、そういう私と話を聞いていただく皆さんとの気持ちがだんだん一致してきて高まってきまして、最終的には、公約の大きな柱の一つとして訴えたものでした。私自身のこともそうですし、トップに立つ立場のものがこれから行政の改革を進めていったり、市民の皆さんに、あるいは時によっては負担をしてもらうようなことも増えたり、今までやっていたことがやれなくなったりするという、小泉さん流に言うと痛みを伴うという、そういうことが起こってくる中で、額が多い、少ないということもありますけども、そういう姿勢を示すべきだという気持ちが強くありましたので、そのことを訴え、当然実現しようとしてきました。
反省としては、私自身は、これは考え方に多少違いがあっても廃止をすることでどなたにも迷惑をかけない、今まで利益を受けていた人にそれを取り上げるということでもありませんから、賛成というか、認められると思っておりました。ここは甘いといえば甘かったんですけど、ただその過程で私は他の人には誰も迷惑をかけないというか、市長の問題だと思っていたら、迷惑を受ける人がいると言われました。それは誰かというと、次に市長になろうかと思っている人には迷惑だと、そしてもう一つは、他の市町、村長さん、退職金をいただいている市長さんにも迷惑をかけるという意見をおっしゃられました。これは反論するのも、そんな気にもならない次元の違う話だったと思います。もう一つの意見は「市長としてしっかり仕事をして、そして堂々と受け取りなさい」という意見がございました。この意見は、いらない、必要でないという対をなす意見ですから、議論にはなったと思います。しかし、私は功労金というのは、自分から立候補して、市長になって仕事をしたいという人に対して、功労があればあるのが当然で、あったからといって退職金を支払う必要は無い、と思っております。しかし、昨年の12月の議会で一つの結論が出まして、それは25%削減をするという結果でした。前向きにいいほうに考えれば、全ての議員の皆様も、従来通り、4年間で2250万円、そういうことを続けていくのはおかしいと、多くの市民の方もそう思っているという、そういう共通の認識には立っていただいたのかなとは思いました。そして、25%カットすると。私は議会の後申し上げたんですけど、3球3振と思ったら振り逃げで、1塁までは歩いたと、野球をご存知の方は良く分かると思います。3回提案して、3回アウトで、本当は3振なのだけど、キャッチャーが後逸して1塁ではセーフだったと。25%ですから、ちょうど1塁まで、後、2塁、3塁、ホームインをするのはこれからの問題と受け止めております。ただ条例ということで制定しておりますので、この私の任期中にもう一度この条例改正を出すということは致しません。この退職金が有効になるのは、任期をまたいだ次に前の市長に出す、ということですので、私の任期の終わるまでには、私が次どうするかというのは、きちんとこのことも含めてお話をしますが、それまでのは、おいておくと考えております。それを含めて、任期の終わりまでには、どうするかという話を致します。
この中で一つ誤解があるのは、貰ってから寄付をすればいい、あるいは貰わなくてもいいのじゃないか、そういう条例とか、めんどうくさいことをしなくても、貰わなければいいのじゃないかという意見もございました。ちょうど今日、例の、学歴詐称の民主党古賀さんの記事が出ておりましたけれども、あの方は、歳費は要らないとおっしゃったんだけど、衆議院事務局が、歳費を要らないというのは公職選挙法に違反するからそんなことはできませんよ、というのを昨日言われて、そのことが新聞に出ておりました。これは市民全体の皆さんの常識までいってないかも知れませんが、政治や行政の世界では常識です。お金を受け取らないというのは、そのまま寄付をしたということになるというのが法律の基本です。ただ、受け取ってから返すとか、どっかに寄付をするとか、そういうことは認められていないというのが基本であります。そういうことで、条例を改正するということにこだわってきたというのが、私の考えでした。
もう一つ、よく誤解があったのは、市議会議員さんの方々の名誉のために申し上げると、議員の方には退職金制度はもともとございません。市長が無くなると議員のも無くなるというので反対しているんだろうと言われたと、ある議員さんがおっしゃっていましたがそれは誤解ですので、この機会に申し上げておきたいと思います。
そういうことで、いろんな公約を掲げて、私自身としては、できている方が多いとは思っております。しかし、市長に対して期待をされているのは、ここの公約の実現だけでなくて、このことも含めた、新居浜市の将来をどうして行くのか、今をどう変えていくのか、と思います。そういう意味で、私の目指すものということで、今日お話をさせていただきます。
まず、ずっと就任から申し上げているのは、“自立連携のまちづくりを進めていく”ということです。この“自立”というのは、地方自治体も自立をしていきますし、企業も自立をする、市民の皆様方も自立をしていく、そういう人たちが手を携えて連携をしてこそ、いいまちづくりができるという考え方です。そのためにまず大事なのは、市民参加と情報公開、市政のあらゆるところに、市民の方々に参加をしていただく。一番基本的な参加はまず選挙に行って投票をするということが、一番基本的な誰にでもできる参加です。それだけでは投票した時だけで終わってしまいますので、投票した人、市長であれ、議員であれ、また市役所というのがどういうふうに仕事をしているか、いつも市民の皆さんがみている、そして、本当の日常生活や、企業活動の中で感じてらっしゃること、そういうことを行政の中に生かしていくためには、声を聞く、現場を知るということが必要になります。そのための手段を増やしていきたいという事で、いろんな懇談会とか、審議会とか、意欲のある方、公募さしてもらったりしています。しかしそうは言いながら、私も大勢の皆様といつもお会いするというのは時間的にも難しいものですから、“市長への手紙、メール”というのを就任して始めました。市政だよりに1年に1回、刷り込んで1年間は有効だと、後、公民館とか公共施設においてありますが、大体、年間に500件ぐらいのお手紙とか、メールが参ります。私がそれに目を通して、私からの返事は、お手紙を拝見しましたというような短いものなのですけど、それから各担当に回して、そこから対応してもらう、返事をする、そういう仕組みを作っております。これをやってみますと本当にいろんな、確かに批判もあったり、不満もあったり、意見をいただいております。これは、今まで不満や批判が無かったんじゃなくて、そういうものがあっても言う所が無かった、あきらめていた、そういう方々が本当に多かったんだなと感じております。その答えに致しましても、全て実現がすぐできるものばかりではありません。どうしても難しいようなものもございます。職員にもいつも言っておりますけれど、市民の方々はきちんと説明をして、実情をお話すれば大方理解をしていただけるものだとずっと言っています。それが今かなり実感として感じてもらっているのじゃないかと思います。そして、すぐできなかったことは課題として持って、これからの行政の中でいつもテーマとして持っていくという、そういう私も含めて、市役所ぐるみで、市民の皆さんとの距離を縮めていきたいというのが就任以来の方針ですし、これからもそうありたい、そうしていく決意でございます。
今申し上げたのは基本的な方針なのですが、ここからは、これからどういう新居浜市にということでお話をさせていただきます。
大きいテーマとしては、新居浜市を“誇れるような新居浜市に”、四国の中で本当に誇れる新居浜市にしていきたい、と思っております。この“誇り”、誇れるというのは、言い換えれば、“NO.1からオンリーワンのまちへ”ということです。スマップの歌からいただいたのではなくて、オンリーワンのまちづくりというのは、第4次長期総合計画を作って、その最初の私の挨拶文の中に、オンリーワンのまちづくりを目指す、ということを平成13年にいれております。人口が愛媛県で1番のまちでは確かにありません。そういう意味の一番でなくて、新居浜にしかない誇りの持てるものを創る、NO.1よりオンリーワンだと、優越感を持つのじゃなくて、誇りを持とうと、偉いまちにならなくてもいいから、立派なまちになりたい。偉い人は一人ですけど、立派な人、立派な市民、立派な企業というのは、みんなが目指せるものだという、そう思っております。それを実現していく上で一番大きな、この3年間での中での出来事は、別子山村との合併ということでした。
幸いに、1年くらいの合併協議で昨年4月に合併できました。これは、277人の村と合併できたという以上の、大きな、新居浜市にとって意味があります。つまり、この合併によって、新居浜市がどういうまちだったかということを改めて考え、感じる事ができました。これは合併記念式典で中坊公平さんが講演をしていただいた中で、本当にずばりおっしゃっていただきました。それは、「新居浜市というのは、民の力で成り立ってきたまちだ」ということです。民というのは、市民の民であります。つまり、もともと城下町や、お寺の門前町、あるいは港町、そういうところではない、江戸時代の、この新居浜を含めた地域が今13万都市になっている。全国でも非常に珍しい例です。これを支えてきたのは、勿論別子銅山という母体があって、それによって住友の産業が興り、関連する企業を興して、また一方、多喜浜塩田というのも、ちょうど、その300年の歴史がございます。そういうふうに民間の力、そういうものによって成り立ったまちであり、この新居浜市の中に、地域に、近隣からたくさんの人たちが、昭和の初め以来から集まって、今の人口規模を形成しています。そういう意味では非常にまだ若いまちだと、多くのものを受け入れるような柔軟性があるまちだと思っております。それをこれからも生かしていくというのは、やはり、企業、あるいは市民活動、そういう市民、民間の力というのを最大限に発揮できるような、そういうまちにしていく、われわれ行政や市長はそういうものが活動できるような基盤を作ったり、あるいはいろんな利害を調整したり、そういう役割を果たしていくのだと思っております。それを合併で言えば今年、来年と西と東に新西条市と、四国中央市という二つの約10万都市ができます。両方の市が大きくなるということで、感覚的に新居浜市が下がっていくのじゃないかというようなお気持ちをもたれているかも分かりませんが、私はそういう感覚の問題ではなくて、今まで10の市町村だったのが3つの市になります、そういうこれからの時期からこそ、この3つの市で、広い広域的な連携をしていくというのが、本当の姿だと思っております。
そのためには、場所的にも真ん中に位置を致しますし、両市は合併をして、4つの自治体の合併ですから、その一体感を持っていくためにかなりのご苦労があろうかと思います。幸い新居浜市は、別子山村というスムーズな合併ですので、そういうものよりも、将来にわたってのエネルギーを、これからより発揮できる条件になります。そういう良さを生かして、これからの地域に中心になっていく、そして具体的には、広い範囲で取り組めること、一つは消防、防災なんかがあります。実は東京消防庁というのがありますけど、これはテレビドラマでもありますけど、東京23区全部で一つの通信司令室しかないんです。23区を一つの通信司令室でカバーして、それぞれ現場を持っている。ですから消防、防災というのは頭の部分は一つであり、そして、それぞれの現場に近い所に、消防の人や車があるという、そういうことが、より広域的な効果が出ると思っておりますので、3つの市で、消防や防災を一つの取り組みとしてやっていける、そういうことにこれから挑戦していきたいと思っております。
そして、公共施設なんかも、新居浜市に全てのいろんな施設がほしいというお気持ちは分かるのですけど、全ての市が、全ての同じようなサイズの体育館や、ホールや、そういうものを持ち続けられるような時代では、これからはございません。私は、生活に密着したものは、それぞれの地域に必要だと、公民館とか、自治会館とか、学校とか、そういうものは必要なのですけど、大きな公共施設、あるいは、港、それは市を超えてお互いに利用していけるような、そういうまちづくりをしたいというふうに思っております。そうすることが結果的に将来にわたって、もっと必要なところへ予算や投資をしていけます。そういうことの中心になっていくというのが、これからの、この地域の中心になるという意味であります。幸い、去年合併を致しまして、1年早く合併したということで、いろいろ財政的には厳しいんですけど、新居浜市として、早く合併をしたという恩恵も今受けることができておりまして、財政的な試算ですけど、もし合併が1年遅れていたら4億円くらい収入が少なかっただろうという試算もありますので、早くできたということが、非常に良かった結果につながっていると思います。
次の話としては、拠点を何処に持っていくか、整備をしていくかということです。今、駅前の北側で建物がたくさん無くなっている、道路工事や建物の工事が始まっているというのをお気づきになろうかと思います。これは土地区画整理事業ということで、27.8ヘクタール、広い範囲で全ての道路を作り直し、駅前広場を広くして、新居浜市の新しい中心、また、住環境の良い所として整備をしております。これも市長に就任して、地域の中で事業に不安をもっていらっしゃる方、そういう方々と直接お話し合いをしまして、ご説明もして、納得もしていただきまして、今順調に進んでおります。ただ、これがどういう意味があるかというと、区画整理事業を進めるだけでなくて、それに関連する道路事業、そういうものが進んでいるという状況です。まだ用地買収の段階で見えていませんけど、郷檜の端線という、新居浜の東高校から船木のインターへ抜ける道、西の端から下りる道、平形橋を4車線に架け替える、国道11号バイパスという泉川の中学校の北あたりと、そういう道路の整備が今進んでおりますが、これら全てが区画整理を中心にして、それを支援していく大きなまちづくりの中で、道路整備が進んでおります。今、国も県も、公共事業というのが減っております。額としてはずっと毎年毎年減り続けております。そういう中では、道路作りに大きな都市計画の意義があると言うところではないと、優先的に国道にしろ、県道にしろ、補助にしろ、進みづらい状況があります。今、新居浜市は、駅前の土地区画整理事業を進めまして、それに関連する道路というものを、優先的に、あるいは、集中的に進めているという状況です。道路については、もういろんな所で、ここも悪い、あそこも悪いというお話がよく聞かれますし、実情としてそうであるという事は私も良く分かっております。しかし、たとえばですけど、二つの新しい道路を、路線を作る場合に、同じ10年間、ほぼ予算を使えるとしたら、同時に2箇所取り掛かれば、完成するのは両方とも10年後になるわけです。使えるようになるのは。それを最初の5年間で、1路線を工事して、後の5年間でもう1路線をやるという手法をとれば、後になった方でも、2本同時にしたときと同じ10年後にはできていると、5年後には一つの成果があるという、選択と集中というやり方です。政治家といいますか、政治的にいうと、あそこもここも始めていますよという方が言い易いのですけど、それをやると、全部がちょっとずつしか進まなくて完成が全部遅くなると、それよりも集中して道を早く抜いて、そして、その後違うところへ集中して行こうと、そういう方針であります。ですから、ほぼ5年間ぐらいは今申し上げた駅前、そしてそれを囲むような道路が中心になりますし、合併との関連で決めております船木インターから山根公園へ通じる道、そして、それは、そこから別子山村というマイントピア別子、別子山地区という一つの流通観光ルートになりますので、これは、駅前とはまた違う意味で優先的な事業として進めております。集中をしてまちづくりをしていくというのも、これからの方針としてもっております。
そして次に、“経済と福祉の両立”ということがあります。この経済と福祉という話は、私の市長選挙に立候補したときから宿命のようなものでいつも言われております。良い意味では福祉に熱心だということで、良い意味での評価もいただけるのですが、逆に言うとそれだけでは駄目だと、経済、そういう活性化、そういうものについての政策が少ないのじゃないかという、常に市長になる前から、そしてなった後もずっといわれていることであります。しかし私は、この“経済と福祉”というのは相反するものではなくて、お互いに補い合うもの、補完をするもの、一体のものだと考えております。つまり、安心して仕事をするためには、子育て、あるいは親の介護、そういうところに不安があってはその仕事にも安心して仕事ができませんし、これからもっと女性が今まで以上に仕事とか、地域活動とか、そういうことに進出をしていく、参加をしていかなければならないのに、やはり子育てとか、介護とか、そういうものが非常にそこに不安があると、それを妨げるような要因になります。つまり、安心して子どもを産み、育て、そして親の介護を安心してできる、そういう環境を作ることが、安心をして生活ができる、また、そういう福祉の充実しているところには、新しい事業や、あるいは、企業も進出していくための大きな要素になると考えております。これは、教育や文化も全て同じであります。教育と経済、そういうものが相反する、どちらを取るかという議論ではなくて、そういうものが一体となって、良いまちになっていくというのが私の考えです。具体的に少し、ここを最近の実績を申し上げますと、新居浜の場合は住友各企業というのが新居浜の柱であります、共存共栄という言葉に代表されるように、過去も現在も、これからも大きな柱であります。その経済動向というのは、平成13年から15年にかけて、住友金属鉱山、住友化学関連で236億円の設備投資がされております。今後住友化学では、新しいメチオニンという鶏の餌に加える補助栄養剤のようなものですけど、そういうものの新しいプラントがこれから建設をされ、稼動していくという状況であります。ただ住友企業との関係においては、技術力とか価格の競争の時代に入っております。国内で生産を続ける、そして国内の中でどこにしようかという競争に打ち勝っていくために、価格、技術力、そういうものを今求められている状況でございます。そういう中ではそれに応えられるような力をつけることと、新しい事業を展開していくということが必要になります。昨年くらいから成果が出てきたのですが、環境とか、IT関連で、四国を代表して展示会のようなものに出て行くような企業、そして愛媛県の新産業を支援するアクティブベンチャー事業というのがあるんですが、そういうものに採用されるのが、愛媛県内では新居浜の中小企業だけというような、良い芽が出てきていると思っております。
そしてもう一つの柱というのは雇用、仕事をする環境を増やしていくということであります。このために企業誘致ということにも務めておりまして、ちょうど私が就任してすぐだったんですが、それまで土地を売るという制度しかなかったのですが、それではなかなか進出をしづらいということで、貸すというリース制度を作りました。以来リース制度を作りましてから、全部で5社というものが立地をしていただきました。21区画中、それまでは6区画しか売れてなかったんですが、12区画まで埋まってきたということですので、これからも四国の中で非常に場所が良いという事と、働ける人がたくさんいらっしゃる、そういう利点がありますので、そういうものも、これから生かしていきたいと思っております。
今後の取り組みの大きな目玉として来年度考えているのが、“地域循環バス”というのを今計画しております。これが今言った、環境、福祉、商店街の活性化、経済、そういうものを両立させる、一緒にした施策であります。人や町に優しくて、そして町に賑わいをもたらすというために、地域循環バスの計画をしております。ただ、スタートとしては、新居浜中のところを全部廻るというルートは、今とっておりません。駅、中心商店街、公共施設、大きな病院、そういう所を中心にしたルートからスタートさせて、そして、今バス路線が走っている所を見直しながら、順次、その路線も拡大していきたいという考えですので、スタートの時にはうちの方は無いじゃないか、という所は新居浜の中でありますけど、まず成功させて、そして順番に広げていきたいという考えですので、そういう時には話も思い出していただきたいと思っております。
そして、その経済と福祉という中で、やはり私自身、議員の時から、そしていろんなボランティア活動、地域活動を通じて感じておりました。やはり障害があっても、あるいは、体がご不自由になっても、さっき申し上げたような人間の誇りを失わずに、そして安心して生活できるような町にしたいというのは、やはり私の考え方の中心であります。それを実現させたいということで、介護保険を使う場合の所得の少ない方への軽減とか、あるいは子どものことで言えば、放課後、児童クラブを全小学校に広げていくとか、そういう取り組みもしております。
そして、福祉とか教育とかいう分野を超えて大事なことというのは、やはり私は“人権”ということだと思います。人の権利、全ての人たちに人権がございます。この地域で生まれ、育った人たちはこの地域の学校に行ける、学級で学べる、そういうことも人権ですし、男女共同参画というのも、男性も女性も同じように、自分の能力を発揮できるような環境を持つ権利があるという、そういう意味の人権でございます。そういう考えから、男女共同参画、あるいは教育の場、福祉の場、人間というのはどんな存在なのだろう、命というのはどういう重さがあるのだろうか、ということをいつも考えながら進めております。それを具体的に進めていくと、さっき言ったように、地域の中で生まれ、育って、学んで、仕事をして、そして年をとって、皆さんに見守られて、良い人生だったといって、命を次に渡していけると、そういう新居浜市を、これからも作っていきたいというのが、私の基本でございます。後、いろんな取り組みもしておりますが一言でいうと、市民生活に密着したような、不便さや不自由さをなくして、不快な思いをさせないように、そういうことを私は基本にしております。その考え方の基に、公共施設、体育館やプールや図書館、どうして月曜日は毎週休みなんだろうかという、本当に素朴な疑問があったと思います。月に1回はお掃除のためにお休みしますけど、それ以外は月曜日も体育館も使えるようにと、どうして9時までで終わるんでしょうか、というお話もたくさんお聞きをしまして、管理する側の論理じゃなくて、使う人側の考えということで、10時まで使えるようにしております。そして、どうして、あんなに公園や河川敷にポンコツの車が置いてあるのか、あれをほったらかしにしているのか、と言われました。そういうことに対しましても、手続きを定めて、対策をしていくという、そういうような取り組みをしております。つまり、市民の生活に密着した、行政を進めていくというのが私の目指すところであります。最後に、そういうものを進めていくのが市長であり、市役所であるということです。
今日の歩みにもありますように“トップが変われば役所が変わる”というのを申し上げて“役所が変われば”この後に“新居浜市が変わる”と続いておりました。一言でいうと、行政改革を進めていくということであります。今日の“出したい人を出す会”のイラストの中にも「市職員の対応がちょっと良くなったよ」と書いてくれています。やはりちょっとと言うところに、まあ現実があるのかな、とは思っておりますが、良くなったというのも、最近おっしゃっていただくようになりました。ですから「ちょっと良くなった」のを「もっと良くなる」ようにこれからして参ります。そして、これからの自治体というのは、今大きく新聞に出ておりますけれども、国も県も、はっきり言って使えるお金がどんどん減っております。収入が減って、必要なものが増えるという、そういう状況になります。ですから、なんでも欲しい物は手に入れる、作っていくという時代から、選択をして、そして集中的に物事と取り組んでいく、そしてそのためには、いろんなことを見直したり、あるいは、市民の皆さん方に参加をしてもらったり、時には一緒に我慢をしてもらったりということもこれから出て参ります。そのためには我々が本当に信頼される市長であり、市役所でなければ「お前たちの仕事を見ていたら、そんな話は聞けない」というふうに言われかねません。そうならないような本当に皆さんから信頼をされ、そして効率的な行政を進めていく、そういう市役所であり、新居浜市にしていくというのが私の目指していくところであります。
これから来年度は、私の任期としては最終年度の予算になります。そういう中で先程までに申し上げたことの復習になりますけど、誇れるような町にしていきたい、そのためには別子山村との合併によって得た、この産業遺産、素晴らしい自然、そういうものを世界遺産になるように、そういう取り組みをしていきます。そして企業においても中小企業、そういうものがもっと元気に活発に活動できるような町にしていきたい、更に子育て支援、本当に子どもたちの環境というのがどんどん悪くなっている中で子育て支援に取り組む、そして、安全ということがあります。命が本当に簡単に奪われたり、脅かされたりしている、これを警察の問題とか、個人の問題ということで片付けずに、市民の安全を大事に、大切に考えていく取り組みをこれからもして参りたいと思います。
今日はこの後、4人の方とのお話、また会場の皆さんとの時間もいただいておりますので、言い足らなかったところは、そちらの方でもお話をさせていただきたいと思います。どうもありがとうございました。